がん集学的治療研究財団 評議員 神戸大学大学院 医学研究科外科学講座 食道胃腸外科学 教授 掛地 吉弘 |
毎年、6月の初めにAmerican Society for Clinical Oncology (ASCO)のannual meetingが開かれる。最近は開催地がシカゴに固定されて、世界中から4万人近い参加者が集まる活況を呈している。会長であるDana-Farber Cancer InstituteのBruce E Johnsonが選んだ今年のテーマは”Delivering Discoveries: Expanding the Reach of Precision Medicine”。がん病態の分子機序が明らかになり、標的分子を治療に応用して効果性が増せば、恩恵を受ける患者さんも増えていく。臨床試験の結果から推奨される治療法を試しても、個人によってその効果には差が出る。治療効果が期待できるresponderを特定し、治療成績を上げる一方で、治療効果が期待できないnon-responderには有害事象のみで益の無い無駄な治療を避けることができる。従来からresponderとnon-responderを見分けるbiomarkerの探索はされてきたが、precision medicineにおいてはより大規模にあらゆるゲノムを調べて、標的分子に対する治療を施そうとしている。癌細胞にtoxicで正常細胞にnon-toxicな分子を見つけるために、癌と正常組織の両者をsamplingする。DNAのみならず、RNAも調べるtranscriptomicsも必須である。ゲノムは原則として同一個体内の全ての細胞で同一だが、mRNAないしは一次転写産物の総体であるtranscriptomeでは状況が異なり、同一の個体にあっても組織ごとに、あるいは細胞外からの影響に呼応して固有の構成をとる。癌細胞にtoxicで正常細胞にnon-toxicな治療を施せば、素晴らしい治療効果が期待できる。米国では何十万人という数をscreeningしてきており、precision medicineの恩恵を受ける人の割合は10年前の7,000人(1%)ほどから最近は40,000人(6%)程度に、確実に増えている。 わが国では2013年に、国立がん研究センター東病院をはじめ、約250の病院と16社の製薬会社による、日本初の産学連携全国がんゲノムスクリーニングプロジェクト「SCRUM-Japan」が始められた。進行した肺がん、大腸がんなどを中心に、がん細胞の遺伝子変異を分析し、もっとも効果が期待できる薬の投与を行う。第一期プロジェクトでは4800症例が登録され、約3分の1の患者に薬が効く可能性がある遺伝子変異が見つかり、約150人が分子標的治療薬の医師主導治験や企業治験に参加している。 一方で、第3期がん対策推進基本計画に基づき、「がんゲノム医療中核拠点病院」の整備が進んでいる。厚生労働省の検討会は、がん患者のゲノム(全遺伝情報)を調べて最適な治療薬を選ぶ「がんゲノム医療」を中心となって提供する中核拠点病院を11カ所決めた。中核病院と連携する病院も132カ所定めて、医療体制を整備していく。 precision medicineは着実な拡がりをみせているが、恩恵を受ける人の割合は未だ一部である。目の前の臨床的な課題に対してより良い治療を確立していくために、様々ながんの臨床試験から得られる有用な情報を積み重ねていきたい。 |
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★今まで行われた当財団の臨床試験一覧についてはこちらから(詳細がPDFでご覧いただけます) |
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