がん集学的治療研究財団 評議員 医療法人東光会 戸田中央総合病院腫瘍内科 部長 相羽 惠介
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2月25日で平昌冬季オリンピックは成功裡の内に終了しました。過去最多の13個のメダル獲得と日本選手の大活躍に日本中が沸き返りました。個人的には今回の五輪ほど心に響き、色々と考えさせられた五輪はありませんでした。先の五輪では当然金メダルと思われたジャンプの女子選手は今回銅メダルに輝き雪辱を果たしました。金メダル連覇かと誰もが期待していたフィギュア男子選手は直前の右足怪我で危ぶまれましたが、そんな懸念を見事に振り払った素晴らしいパフォーマンスで連覇を成し遂げました。世界選手権で連勝を重ねていた女子スピードスケート選手は、五輪本番でも立派な金メダル、それも五輪新記録という快挙でした。終わってみれば、当たり前と思われることを当たり前に成し遂げたという当たり前の話なのでしょうが、それをことなげもなく成し遂げた選手たちは、本当に素晴らしく筆舌に尽くしがたいです。当たり前と思われることを当たり前に行うことがいかに困難かは、凡人の私達も幾度となく経験し、深く認識するところです。並みの身体能力、精神力の持ち主では不可能でしょう。また試合後の相手選手に対するいたわりや気遣い、マスコミのインタビューやプレス会見時における競争相手、競技仲間やチームメンバー、競技活動支援者に対する尊敬と感謝の言葉の数々。それらの優れた人格性とその振る舞いには唯々私淑と畏敬の念を抱くばかりです。異口同音に家族の中、チームの中、支持者の中にあって自分を見いだし、立派な成績を残せたことに感謝の言葉をのこしています。団体競技、チーム競技のチームパシュートも金メダルでした。女子カーリングはいつもポジティブで劣勢でも笑顔を絶やさず、実にしぶとい試合運びでついに銅メダルに辿り着きました。個人競技と思われる場合でも多くの支持者支援者を意識し、団体競技では文字通りチームとしてのまとまりを意識する日本人。チームプレイは私達日本人の基本的な行動様式の基盤であり長所でもあり、長年そうした文化・風土で歴史を積み重ねてきたのでしょう。
さて、チームプレイと選手連携の末にもたらされた日本選手団の見事な偉業と心が洗われる爽快な振る舞いに終始した平昌五輪でしたが、翻って我らが「チーム医療」はどうでしょうか。近年の瞠目すべき医療の進歩、抗がん薬の進歩、がん対策基本法、がん対策推進基本計画そして外来がん薬物療法の急速な普及と進展などがチーム医療を後押ししています。しかし現実には各医療職が各自の職務に専心専念し、かつ有効な相互連携を通して優れたチーム医療を形成展開しているでしょうか? キャンサーボードとは名ばかりで、一部のがん専門病院を除けば、多くの施設においてはいわゆる勉強会・講演会の域を出ていないのではないかと危惧されます。キャンサーボードは小生の命名であり、大塚の癌研時代に当時の武藤院長から臓器別診療体制のモデル図を作成するようにとの命により考案した用語でした。本来は“Tumor Board”ですが、当時癌研では部長会を“Tumor Board”と称していたので、やむなく“Cancer Board”と命名した経緯があります。ともあれ、全てのキャンサーボードに最低限腫瘍内科医、放射線治療医を組み入れるのは、例えばがん拠点病院は約400カ所もあるので当分は難しく、適切なキャンサーボード運営には工夫が必要でしょう。看護師、薬剤師、栄養士、その他医療事務・医療職の意識とスキル向上には目覚ましいものがあります。しかしまだまだ欧米の後塵を拝しているのではないでしょうか。約30年も前のことですが、小生は米国NCIの内科ブランチで学ぶ機会がありました。折を見て病棟見学に出かけ、病棟看護師(オンコロジーナース)に色々と質問することがありました。そのとき彼女達の答えは、“My patient is・・・”であり、“His patient is・・・”ではない表現に驚きもし、感心したことを思い出します。米国では看護師が主たる医療実務を担っているとはいえ、その意識の高さに感服しました。残念ながら現在の日本では、全医療者にここまでの覚悟を見いだすのは難しいのではないでしょうか。一方チーム医療という美名のもとに袖手傍観的態度の医師もいます。チーム医療といえども主導するのはあくまでも医師であり、そのヒエラルキーを推進する覚悟と気概が必要でしょう。今回の冬季五輪日本選手団の活躍、チームの中の個人、個人とチームの係わり合い、真摯な選手の人間性などを見るにつけ私達医療者も足元を見直す良い契機になったのではないでしょうか。医療者各人が己の職責を全うし、患者さんと協働し、真のチーム医療を実践できたとき、私達はどんな色のメダルを患者さんに掛けてあげられるのでしょうか。
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