がん集学的治療研究財団 評議員 静和記念病院 (札幌) 院長 草野 満夫 |
フレミングのペニシリンの発見が有名だが、ノーベル賞を受賞した研究の中にも、セレンディピティによってもたらされたものが多くある。実験の失敗やあるいは予期せぬあるいは意図せぬ偶然の幸運、セレンディピティが後世に大きな貢献をもたらす発見につながったという事実は少なくない。 昨年の7月,徳島大学消化器外科教授の島田先生が主宰された第71回日本消化器外科学会総会のメインテーマは「外科の矜恃」Orthodox & Serendipityであった。演題に一つに九州大学外科から”がんの匂いの特徴に関する研究、匂いによって90%を超える精度で早期を含む大腸がんの検出ができる“という発表があった。癌探知犬でがん患者の尿を嗅いで診断する方法である。この研究の背景にはセレンディピティ的な気づきがあったのではないかと推測している。 私事で恐縮であるが、セレンディピティと思える経験が2つある。1つは、旭川医大時代に恩師の水戸教授の発案である脾臓への肝細胞移植によるあらたな肝機能補助への挑戦である。ラットではあるが、脾臓を肝臓化するという臓器そのもの再生に成功した。この奇想天外とも思える恩師の発想には心底驚いた。もう1つはICG蛍光法との出会いで、2005年に開催された第13回CLINICAL VIDEO FORUM で、当時慶応大学外科教授の北島先生から小生の専門外の乳がんのセッションの座長を仰せつかった時の事である。ICG蛍光法による乳がんのSLN同定法の演題があった。直ぐさま、消化器癌への応用をひらめいた。犬の腸間膜にICGを注入したところ、目的とするリンパ節も光ったが、そのとき肝臓もなぜか真っ白な蛍光を発し、肝臓も光ったのである。これを出発点に、肝手術時の区域染色法に発展させた。古くから肝の予備力検査試薬として使われていた1バイアル600円程度のICGがこれほど威力を発揮するとは予想外であった。この10年の間にICG蛍光法は広く普及し、脳外科手術用の顕微鏡、蛍光硬性鏡を用いた腹腔鏡下手術、手術ロボットダビンチにも搭載されている。5-ALAという蛍光物質は脳腫瘍を光らせる。 パスツールがこんな言葉を残している「観察の領域において、機会は準備のできている精神だけを好むのです。」(別の言い方では幸運の女神は、常に準備している人にのみ微笑む)つまり自然科学におけるセレンディピティのポイントは「準備のできている精神」だという。自分の使命に対して純粋な情熱をもって捲まず弛まず努力し続けた先に、人それぞれのセレンディピティが待っているということかもしれない。私にもたらされたそれは、準備ができていたとは言い難いことを思うと、セレンディピティというよりも、“pennies from heaven”(思いがけない恵み)、くらいのものかもしれないと思っている。 癌治療においてもこのようなセレンディピティ的発想からのあらたな展開を期待したい。 |
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