がん集学的治療研究財団・理事 朝日生命保険相互会社 最高顧問 藤田 讓
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英国のEU離脱は、世界中に衝撃をもたらしたが、米国大統領選におけるトランプ現象とは相通じるものがあるように思われる。これは過去30年間の趨勢であったグローバル化が峠を越し、代わって保護主義的なナショナリズムの台頭の兆しなのだろうか。
これらの現象には、直截的には「移民への反感」が感じられるが、その奥底には経済成長の鈍化に伴う「貧富の格差の高まり」があるように思える。英国では、中間層が弱体化しているとの批判があり、この度のEU離脱派の中核は「低学歴、低所得、中年以上の白人男性」だったと云われている。米国では、上位0.1%の富裕層が国民所得の約8%を取り、上位1%で約20%の所得シェアを占めている。その結果、中間層の占率は2000年の55%から2014年に51%に低下している。
こうした所得格差の拡大傾向に、過去200年間のデータ実証研究でメスを入れたのは、仏の経済学者トマ・ピケティの「21世紀の資本」(2013年仏で出版)である。ピケティは、資本収益率(r)(株式、債券、不動産等の全ての資産の平均収益率)が国民所得の成長率(増加率)(g)をつねに上回る(r>g)ことを実証して、この結果、資本を持つ富裕層と資本を持たない労働者との所得の不平等格差は拡大していくということを主張している。又彼は、不平等の問題が余りに拡大すると、再び、ナショナリズムやポピュリズムや過激思想への道を開いてしまうとも警告している。
ところで最近、「所得格差」が「健康格差」をもたらしているとの分析がみられる。世界的にも、所得格差が大きい国は平均寿命が短いと云う。日本でも、貧困家庭の方が子供の入院率が高いし、子供の健康状態も良くなく、肥満児も多いという統計データが出ている。
また、非正規社員比率は38.2%と20年前に比べて16.5ポイント上昇しているが、非正規社員の時給は正規社員の約6割であり、こうした結果を映して、非正規社員は正規社員に比べて糖尿病合併症の発症確率が1.5倍になっているという。
直近発表された国立がん研究センターの分析結果では、がんの5年生存率が62.1%と、3年前より3.5ポイント向上したという。これには、医学の日進月歩、医療技術の革新、そして30数年余に亘る臨床試験に基づく当財団の集学的治療の効果が貢献していよう。がんもいずれは、嘗ての結核のように恐れるほどのことは無くなるのであろう。
しかし他方、がんやその他の疾患に罹りにくい健康社会を、所得格差の是正等を通じて構築していくことも、また我々の務めであろうと思う。
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