がん集学的治療研究財団 理事 九州大学大学院 消化器・総合外科(第二外科) 教授 前原 喜彦
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がんは昭和56年以降わが国の死因の第一位である。国は平成19年にがん対策基本法を策定し、がん対策を総合的かつ計画的に推進している。重点的に取り組む課題として、手術療法、化学療法の充実が講じられており、当財団も臨床試験を通して、主に消化器癌に対する治療法の確立に取り組んできた。しかし、これら治療法を充実させる上で有用な手段となる、手術機器・機具類、抗悪性腫瘍剤、ともに海外で開発されたものが多く、わが国の貿易赤字の原因の一つとなっている。
近年、化学療法の領域では分子標的薬の開発・承認が目白押しで、わが国では平成7年のトレチノイン以来、41の分子標的薬が認可されている。分子標的薬1剤あたりの費用は高額で、平成26年の総売上高は3680億円と医療費高騰の原因の一つとなっている。一方でこれらのうち、わが国で創出された薬剤は4剤(9.5%)であり、その売上高は55億円(1.5%)にすぎない。また41剤のうち、わが国で基礎研究を通じ、標的分子が発見されたのは6分子(17.1%)にとどまっている。つまり、わが国発の基礎研究が成果につながっておらず、基礎研究と創薬研究・開発が連動していない。
そこで、わが国がこの現状にどのように対応したらよいのかを考えてみたい。
〇がん撲滅を目指す上で、基礎研究を今まで以上に推進し、がんの発生・進展の分子機序を解明し、治療標的分子を同定する努力を続けること。そのためには、研究体制の整備と充実、研究資金の投入、人材育成などが今まで以上に必要である。
〇官民一体となって、がん創薬に取り組むこと。アカデミアと製薬企業、バイオベンチャー企業などの連携、協力が必要である。米国では、国や製薬企業がアカデミアやバイオベンチャー企業に対して積極的に補助・投資し、連携することにより画期的なバイオ医薬品の創製に成功している。一方、わが国においては、治験費が高い、開発受託企業が少ない、開発期間の長期化などから、バイオベンチャー企業からのシーズが上市された実績はない。従って、バイオベンチャー企業への投資が積極的に行われていない。
〇わが国において治験・臨床試験を推進する施設および研究グループの体制を整備する。治験・臨床試験の質を担保しつつスピードアップするための人材育成とともに、被験者のインセンティブ強化も必要である。また薬剤の認可後であっても、わが日本人の体質に合った治療法(薬剤量、投与方法、併用薬など)を模索すべく、企業と研究グループの積極的な契約型臨床試験を推進する必要がある。
以上指摘した3項目のうち、最初の2項目の骨子は平成7年より施行されている科学技術基本法の中ですでに講じられているが、施行されてからの年月を考えると、一朝一夕に事が成し遂げられるものではないことを実感する。それでも、われわれには10年、20年といった長期的Spanで様々な問題を解決して、わが国発の薬剤による、わが日本人の体質に合ったがんの治療法確立への努力が求められていると思う。
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