がん集学的治療研究財団 理事 公立学校共済組合 東海中央病院・院長 坂本 純一
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財源不足を理由に福祉予算をどのようにして削減していくのかが財務省、厚生省の行政官の腕の見せどころであるという暗黙の了解が根付いてしまっているかに見える。ただ、果たしてこの方針を維持したまま国家の運営を続けていって本当に大丈夫なのかという疑問は、政治家だけでなく大新聞を中心としたマスコミも何故か議論を掘り下げることを躊躇しているようである。
民主党が主導した「税と福祉の一体改革」の名のもとに消費税率が5%から8%に上がったにもかかわらず、この3%の税収増加のどの程度の部分が社会保障や介護、医療などのいわゆる「福祉」に費やされているかは誰も正確な数字を知らない。70歳から74歳までの高齢者医療費の自己負担率が倍増し、年金給付額も実質的に減額され、経済的な問題から自主的に診療抑制がかかるよう誘導され始めている。特別養護老人ホームや認可保育所への入所も以前にも増して困難になってきており、むしろ悪化しているような印象さえある。保育や介護を充実させるためには2000億円の予算が必要であり、その財源の当てはあるのかと声高に財政均衡を主張する識者と称する人びとも、殆どの住民が海際には住まなくなった三陸海岸に1兆円以上の予算を注ぎ込んで万里の長城のような堤防を建設することについては口をつぐんでいる。景気を浮揚させて福祉の財源を確保するための対策としては先ず公共事業というのが数十年来の国是のようになっているが、肥大してしまった公共事業・殊に我が国の毎年の土木・建築予算が、日本を除いた他のサミット6か国全部の公共事業費を合計した総額を凌駕していること、土木公共事業の予算が福祉予算より多いのはこの7か国のなかで我が国だけであるということは殆ど知られていない。政府支出や投資を増やすことで、国民全体の所得増加にどの程度貢献できるかという「乗数効果」は、従来の土建業を中心とした公共事業1兆円では2兆8千億円、雇用の創出は21万人弱であるのに対し、社会保障などの福祉の充実に1兆円を投資した場合、経済効果は5兆4千億円、雇用創出も58万人強にもなるという現実も殆ど報道されていない。
AIが驚異的な進歩を遂げ、ロボット産業も成熟期に入って単純労働に関するマンパワーの需要が漸減していくことが予想される時代になってきたにもかかわらず、未だに海外から移民を受け入れ、国内では少子化対策を進めて税収を確保しようという前時代的な考えを踏襲しようとしている政治家や行政官がmajorityを占めていることは、長期的にみればこの国の将来を危うくするものであると考えている。性急に移民を導入した欧州が、テロや貧富の較差、教育などの機会不平等などによって大混乱に陥っていることを省みれば、前車の轍を踏まないような、新しい産業創出を目指すことが選良の務めではないかと思っている。
ITに代わってこの20年の間に急速な進歩を遂げたのがbioscience産業である。家電業界が衰退し、我が国のドル箱である自動車さえもカルフォルニア州によるZEV (Zero Emission Vehicle) の法制化により、このままではジリ貧になると予想されている現在、ミリグラム単位で数十万円にもなるbioscience productsはこれからの先進国における高付加価値産業の中心を占めるものになってくることは間違いない。
ただ、単年度会計による損益計算書のみが興味の対象である選良行政官たちの発案によるgeneric医薬品使用促進政策などは、莫大な国家の債務超過を抑制する効果としては微々たるものであり、象徴的な意味しか持っていないように思われる。逆にこの政策を推進することにより、新しいbioscience productsを開発しようという企業の意欲が削がれ、経費のかからないgeneric医薬品の製造に軸足が移っていってしまっている。1990年代までは、我が国の新薬開発研究は欧米に遜色のないものであり、コレステロールに対するスタチンや画期的な糖尿病薬の開発は世界に誇るべきものであった。がん集学的治療研究財団おける臨床研究の主軸となっている消化器癌に対するkey drugとなっているカペシタビン、イリノテカン、オキサリプラチン、S-1はすべて日本において研究開発されたものであるが、2000年以降、こういった純国産新薬が世界のマーケットに登場することは殆どなくなってしまっている。
もっとも大きな原因として考えられるのは、bioscience productの殆ど全てが「ヒトに対してどういった効果があり、かつどのようなリスクがあるのか?」を正確に評価する必要があり、その検証プロセスの確実性とスピードが開発の生命線になっていることである。きっちり、かつ迅速に新しいbioscience productの臨床医学における評価を確立するためには、大規模な臨床試験・臨床研究をできるだけ早くどんどん進めて、他国に先んじて結論を出すことが必須条件である。それを果たすためには、悪名高いdrug lag発祥の基になった「官」が中心となって行う臨床試験がいかに世界を相手にした競争力の点で劣っているかは一目瞭然であろう。
癌集学的治療研究財団はこういったglobalとの競争に対処しうる日本において殆ど唯一の臨床研究組織ではないかと考えている。これまでに行ったJFMC33, 37, 38, 41, 44, 47のような大規模試験においても殆ど全て2年以内に1000例近くを越える症例集積を果たし、先進的なElectric Data Captureシステムの導入などによって、欧米なみのデータの質を担保することも可能にしている。公益法人とはいえ、「官」とは一線を画した「民」の活力を生かす力があり、その結果日本のcommunity practiceレベルでの医療環境下において、新治療法の評価を確立することにも成功している。プロトコール作成や臨床試験審査、倫理審査に2年も3年もかかる「官」製の臨床試験研究とは一線を画し、globalと対峙して日本発の臨床情報を迅速に発信する力を持っている。現在我が国では、降圧剤の臨床試験におけるデータの捏造が摘発されたことが発端となり、「官」がbudgetを差配し、「官」が主導する臨床試験、または企業自身が試験のすべてのプロセスに関与しコントロールしようとする企業主導臨床試験に先祖帰りをしようとする傾向がみられているが、bioscienceにおいて我が国のライバルになりうる欧米諸国においてこのような「開発独裁」的なシステムを使って臨床試験や臨床研究を進めようとしている組織は存在していない。透明性のある資金と医療情報の流れを整備し、我が国の新しい基幹産業となるべきbioscience産業を育成するうえで、がん集学的治療研究財団の立ち位置と果たすべき役割は今後ますます重要なものになってくるものと予想し期待している。
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